ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫 5

    期末の定期試験が終わり、結果はまだ出ていないものの、後は夏休みを待

    つばかりとなったある日の昼休み。

    前回の事を踏まえ、学習した雪也と月也は、漫研の部長に掴まらないよう

    にグラウンドに出て、同じクラスの男子達と、サッカーの真似事をして遊

    んでいた。

    結局あの後、薫の言う通り“入稿完了”まで二人は使い回され続け、時には

    貶され罵倒され、精神、肉体共に疲弊しきっていたので、放課後、部室に

    着く頃にはボロボロの状態だった。事情を知っている部活の先輩達は、二

    人にお菓子を与えて励ましたり、慰めたりと優しくしてくれた。

    先輩達だけではない、同輩や後輩達も気を遣ってくれた。そして、早々に

    二人を見捨てたクラスメイト達も、『飴、舐めるか⁉』『チョコあるよ、

    食べる⁉』『限定ポッキーやるから、元気出せ!』『葵、タケノコ派だっ

    たよな⁉ コレやるから頑張れ!』『奏は、キノコ派だったっけ⁉ …え、

    違う⁉ あ、でも食べるんだ⁉ いいよいいよー、食べな。食欲があるのは

    いいコトだよ、うん!』etc…。(※校則で、菓子の持ち込み禁止です)

    男子達から心配され、チヤホヤされていた。女子達はこの光景に、若干引

    気味ながらも同情はしていたので、 

 ((((((((お前ら、大阪のおばちゃんかよ!!!!))))))))

    と、ツッコミを入れながら、生暖かい目で見守っていた。

    そんな訳で、休憩時間に教室で過ごす事は、危険と判断(夏コミが近づい

    ている)して、外に出て回避しようとしていた。が、どうやら見通しが甘

    かったらしい。

 『見つけましたよ!葵先輩、奏先輩』

    声と同時に、腕を掴まれる雪也と月也。

    グイっと右腕を引っ張られ、驚いて右後方を見る雪也。そこには、くせっ

    毛の髪、くりっとした目つきの可愛らしい顔をした小柄の、漫研でただ

    一人の男子部員が引っ付いていた。

    雪也とその男子部員の身長差は、おそらく十五センチ位だろう。

    雪也の腕に自分の腕を絡めて、必死にしがみ付き見上げている。それを見

    下ろす雪也。

 『……』

 『……』

    両者無言のまま見つめ合っていると、すぐ側から黄色い悲鳴が飛ぶ。

    その声にハッとして、雪也は月也の方を振り返る。見ると、左右の腕に一

    人ずつと、胴体の前と後ろから抱きつかれていた。というよりも、取り憑

    かれている様にしか見えなかったが。よくよく見ると左脚にも一人、しが

    み付いていた。然も、全員一年生女子だ。

    月也の顔を見ると、とてつもなく渋い表情をしている。出来る事なら、

    『全員ブン投げてぇ』といったところだろう。

    腐っているとはいえ、年下の女の子達に暴力を振るう訳にもいかず、モヤ

    モヤしている状態なのが見て取れる。

    しかし、それは雪也も同じだ。年下とはいえ、同性なのだからブン投げて

    も問題ない筈だが、受け身が取れなさそうな相手に、技を使う気にはなれ

    なかった。

 『さ、行きましょう!部長達が待っていますよ』

    そう言って、雪也を校舎の方に連れ戻そうとした。が、身長差と体の鍛え

    方の違いからか、男子部員が一生懸命引っ張っても、雪也が地面に足を踏

    ん張ってしまえば、そこから先に進めずにいた。

    う~ん、と唸りながら、必死になっている後輩の姿は、雪也から見ても微

    笑ましいものがあった。

    一方、月也はというと、先程よりさらに人数が増えて、月也の体を覆い着

    くしていた。さながら、怪物の触手に絡め取られ、今にも取り込まれそう

    といったところだ。これには、さすがの月也も身動きが取れずに、ズルズ

    ルと引き摺られている。

    この光景に、雪也とクラスメイト達がドン引く。だが直ぐに、

 『オイ、ヤメろよ!』

 『そうだぞ、嫌がってんじゃねぇか』

 『横暴だろ、離せよ!』

 『いい加減にしろ!』

    抗議の声が上がる。前回と違い、今回の相手が年下とあって、強気な発言

    をするクラスメイト達が頼もしく見える。対する一年生達は、

 『私達だって、好きでやってる訳じゃないです』

 『先輩達に言われて仕方なく…』

 『先輩達に怒られる』

 『虐められる…』

    と、泣き落としで応戦。怯む雪也達。そこに畳み掛ける様に、

 『お願いです先輩、一緒に来て下さい。じゃないと僕、あの部長から『お仕

    置き』されちゃいますぅ~!漫研に男は僕一人だから、部長の当たりがキ

    ツくて……』

   目を潤ませる男子部員。

 『お仕置き』もそうだが『部長』の言葉に恐怖を憶え、固まる雪也達。

    それを察した一年生達は、

 『部長が』『部長で』『部長に』『部長だから』『部長なんです』

    と、連呼する。勝敗が決まった瞬間である。

    顔色の悪いクラスメイト達から、

 『うん、まぁ…』

 『気の毒と言えなくも無いような…』

 『…逝ってこい』

    と送り出され、ドナドナ状態の雪也と月也は、漫研の部室へと引き摺られ

    て行った。

    部室の扉の前に立つ雪也と月也、そして下級生達。今回は、呻き声が聞こ

    て来ない。前回程の修羅場でない事に、少しだけほっとする二人。

    中に入ると、満面の笑みを浮かべた部長に、『いらっしゃい』と迎えられ

    る。続いて男子部員と女子部員達に向かって言った。

 『よく連れて来てくれたわね。流石だわ!刈谷も、私が見込んだ “腐男子” 

    なだけあるわね!』

 『ありがとうございます!』

 『お任せ下さい』

 『先輩達、結構チョロかったです♡』

 『部長のおかげです!!!!!』

    褒められた事が嬉しかったのだろう。口々に返す部員達。

    聞き捨てならない台詞の数々に、ムッとする雪也と月也。

 ((腐男子⁉ 誰の当たりがキツいって⁉ チョロいだとぅ⁉ もう二度とコイ

    ツ等の言うこと信じねぇ~))

    不満を露わにした顔を隠そうともしない二人に、部長が言う。

 『よく来てくれたわね、二人共。ありがとう♡』

 『好きで来た訳じゃないので…』

 『右に激しく同意

 『快く引き受けてくれて、感謝の言葉も無いわ♡』

 『快く思っても無いし…』

 『引き受けても無い』

 『それじゃあ、時間も無いし始めましょうか♡』

 『オイ…』

 『聞けよ!他人の話を』

 『脱いで♡』

 『『何でだ!!!!!』』

    会話にならない会話を続けた結果、まさかのセクハラ発言に、やってられ

    ないとばかりに、体を部室の出入口へと向けた二人。

 『ただいま戻りました~』

    その時、扉を勢いよく開けて、入って来たのは薫だった。

 『デジカメ借りられ…、て雪ちゃん、月也。何でいるの? …部長⁉』

    何も知らされていなかった薫は、部長の白藤に問いかける。

 『ありがと、薫。実は、この二人にモデルになってもらおうと思って…』

 『えっ!モデル…』

 『そう。だから…』

 『ダ、ダメ!ダメです!!この二人は絶対にダメ!!!!!』

    部長の言葉を遮り、雪也と月也の前に立ち、両手を広げる薫。

    二人からは薫の顔は見えないが、きっとムッとした表情を浮かべているの

    だろう。自分達の為に、怒ってくれている幼馴染みに感動する二人。

    しかし、薫から発せられる言葉に、突っ込みしかない。

 『この二人は私の物ですよ!』

 ((違うし、物じゃないし!))

 『私が先に唾つけたんですからね!!』

 ((マーキングされた覚えはない!!))

 『大体、酷いです部長!この二人をモデルにした、オリジナルのBL本、今度

    の夏コミで販売させてくれるって言ってたのに!!!!!』

 『『待て!今、何て言った⁉⁉⁉⁉⁉ そして、俺達の感動返せ!!!!』』

 『やあねぇ、薫。違うわよ!モデルはモデルでも、ポーズ…デッサン用よ』

 『……デッサン⁉』

 『そ♡ だから安心して』

 『なんだ、…私てっきりストーリーの事かと、すみません。早とちりしちゃ

    って…』

    恥ずかしそうに、両頬に手を当てる薫に、部長が続ける。

 『葵君と奏君の魅力を、存分に引き出したBL本は、薫にしか描けないのは

    分かっているから!期待しているわよ!!!』

 『ハイ!部長!!!』

    薫の両肩を抱き、笑顔を向ける部長。それに応えるように、手の指を組ん

    で部長を見つめる薫。そこに部員達の拍手喝采が湧き上がる。

    いきなり始まった小芝居に、呆然とする雪也と月也だった。

ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫 4

    部室へと向かう廊下を歩いていると、後方からパタパタと走って来る足音

    が聞こえた。と同時に、

 「雪ちゃん、月也、待って~。置いて行くなんて酷い!」

    の声。

    月也と雪也は立ち止まり、振り返る。見ると、道着に着替えた薫がポニー

    テールを揺らしながら、走って二人の所まで来た。

 「薫、お前、漫研は⁉」

    月也が聞く。

 「コミケの準備は⁉」

    雪也が聞く。

 「「大丈夫なのか??」」

    声が重なる。然も、二人の顔は険しい。

    しかし、そんな二人の顔を見ても動じることなく、あっけらかんと答える

    薫。

 「漫研はお休みだよ。後は会場での準備だけだし、大丈夫だよ~♪」

 「「本当だろうな⁉⁉」」

 「もう~、疑ぐり深いなぁ。ホントだってば!」

    ヘラヘラしながら、右の掌をヒラヒラと振る。

    それでも、二人の表情は険しいままだ。それもそのはず、今回は何事も無

    かったが、毎度毎度コミケが近づくと、薫を含む漫研の部員達が半狂乱状

    態の修羅場とかし、雪也と月也は当然のように巻き込まれていた。

    薫は、一年の二学期半ばごろに入部したので、この年の冬コミには間に合

    無い。という事で、先輩達のアシスタントをしていた。

    其処へ、合気道の部活を終え、帰ろうと二人が薫を迎えに行き、巻き込ま

    れ…という形だ。

    だが、一年の時はまだマシな方だった。二年になると一変した。

  
    *****
    一学期、四月初旬、給食を食べ終えた雪也と月也は、窓際の席で、猫の様

    に日向ぼっこしながら、休憩時間をだらけて過ごしていた。

    其処へ、新しく部長なった三年女子の先輩が現れた。新部長は前部長の華

    やかな “迫力美人” とは正反対の、嫋やかな “清楚美人” と言ったところだ

    った。が、やはり女を腐らせている事に、変わりなかった。

    ニコニコしながら雪也達に近づき、言った。

 『みぃ~つけた♡葵君、奏君。それじゃあ、行きましょうか!』

 『え…、あの、何処へ⁉』

    イヤな予感しかしないが、一応聞いてみる雪也。

 『うふふ♡ やあねぇ、分かっている癖に♡決まっているでしょう…』

    鈴の音の様な声から、ワントーンどころではない、低い低いドスの効いた

    声に変わる。

 『俺達(漫研)の部室に決まってんだろ。逃がしゃしないよ!!!!!』

    先輩の黒い笑みとその声を聞いて、教室に残っていた男子生徒達は、一瞬

    にして凍りつき、そして悟る。

 (((((((((あ、コレ触れちゃいけないヤツだ))))))))))

    首根っこを押さえられ、ズルズルと引き摺られていく雪也達。

    助けを求めて周りを見渡しても、男子達は既に合掌、もしくは敬礼しなが

    ら、口々にお決まりの台詞を吐く。

 『骨は拾ってやる、安心して逝ってこい!』

 『成仏しろよ』


    あっさりとクラスメイト達に見捨てられ、恨み言を吐く二人。

 『『薄情者~~!覚えてろよ~~』』

    漫研の部室の前に立つと、中から、

 『ゔああぁぁあああぁぁぁあああああああああああああああああああああ』

 『ぐぁああああぁぁぁぁ!!!!!』

 『ヴルァァァアああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!』

 『グェェエエエオオォォォォオぁぁぁぁあああああああああああああ!!』

  “地球外生物でも召喚したのか⁉” と言いたくなる様な声が聞こえる。

 ((何も聞かなかった事にして、今すぐ教室に戻りたい!!!!!!))

    二人は青くなり、切実に思った。そんな二人に対して、新部長は無慈悲に

   も部室のドアを勢いよく開け、満面の笑みで言い放つ。

 『お待たせ~♡ 最っっ高の奴隷兼萌えカプ兼助っ人を連れて来たわよ!!』

    一斉に注目された後、黄色い歓声が上がる。

 『……今この人、サラッと “奴隷” って言った』

 『ヤベェ、前の部長よりガチでヤバい人だぞ』

    小さな声で話す二人の会話が聞こえたのか、新部長の、

 『好きに使って良いわよ♡』

    発言にテンション爆上がりの部員達。更に青ざめる二人。

    そこからは、怒濤の昼休み時間となった。

 『奏君は、ベタ。葵君は、トーン貼りお願いね!』

 『『ええ~!何で俺達が…』』

 『つべこべ言わない!猫の手も借りたいぐらいなんだから』

 『だからって…』

 『ちょっと奏先輩!ベタはみ出してる!!もっと丁寧に!!!』

 『はみ出たところは、修正して!!はい、修正ペン!』

 『ああ? 文句があるなら、自分らでやれよ!』

 『口動かすより、手を動かして!』

 『大体、このくらい分からないだろう⁉』

 『『『『『『『『『『読者舐めんなよ⁉』』』』』』』』』』

 『ごめんなさい⁉』

 『雪ちゃん!手、もっと早く動かして!』

 『無茶言うな!』

 『葵君!コッチのページの子と、ソッチのページの子の髪の毛のトーンが違

    ってる!!』

 『え⁉ …同じに見えるけど』

 『違うわよ!見比べてみて、ホラ!!模様の大きさが違うでしょ⁉』

 『!ホントだ』

 『急いで直して!!!』

 『でも、比べなければ分からな…』

 『『『『『『『『『『ファン舐めてるの⁉』』』』』』』』』』

 『ごめんなさい』

    そして昼休み終了の鐘が鳴る。新部長の、『撤収!』の掛け声と共に、一

    斉に片付けに入る部員達。

    雪也達もホッと一息ついていると、新部長から原稿と道具を渡された。

 『お疲れ様でした♡ はい、コレ。内職分♡』

 『『……え』』

 『十分間休憩の時も進めておいてネ♡』

 『『……え』』

 『明日の昼休みも迎えに行くから、それまでにその内職分、終わらせておい

    てネ♡ じゃあねぇ~』

    言い終わると、足早に去っていった。

 『『……マジか』』

    渡された原稿用紙と道具を持って、茫然としている雪也達に、薫が言う。

 『雪ちゃん、月也。入稿完了までよろしくね♡』

 『『……マジか!!!!!!!!!!』』

ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫 3

     放課後、合気道部の男子更衣室。

    雪也と月也は、制服から道衣に着替えていた。既に一級を取得している二

    人の帯の色は茶色だ。

    因みに薫も一級を取得している。武闘派腐女子だ!

 「大体さぁ、小テストで長文問題出すって有り得ないよなぁ!普通、漢字の

    読み書きとかだろ。クソッ、鬼先の奴、やっぱ鬼だわ」

    帯を締めながら、月也は愚痴っていた。鬼先とは、国語の先生の事だ。

    苗字が鬼塚なのと、定期テストや小テスト等で、鬼みたいな難しい問題を

    出すかと思えば、可愛らしいイラスト付きのサービス問題もある。(主に

    うさぎやネコ、クマさんといった動物の絵が描かれている。しかも、鬼塚

    先生直筆だ)

    女子達と可愛い物好きの男子はそれを、『鬼可愛い』と言って喜んでいた

    りもするが、稀に其の逆もある。

    超可愛いイラスト付きに、超えげつない問題が出された事もあった。

    そういった事情で、鬼塚先生は生徒達に『鬼先(おにせん)』と呼ばれて

    いる。

 「まぁ、あの先生は、前からそういうところあったけどな」

    中学一年の時から、鬼塚先生の国語の授業を受け、慣れていた雪也はロッ

    カーの扉を右手で軽く押して、閉めながら言った。

 「そうだけどさ!」

    同じく三年間、鬼塚先生の授業を受けてきた筈だが、国語が苦手で慣れる

    事が出来なかった月也は、大きめな声でそう言うと、ロッカーの扉をバタ

    ンッと音を立てて乱暴に閉めた。

    雪也達と一緒に更衣室にいた一年生二人は、声と音に吃驚して雪也の背後

    に隠れる。尤も隠れきれていないのだが…。

    其れを見て、月也が呆れた様に言う。

 「お前らに怒ってる訳じゃないから、そんなにビビってんじゃねー!仮にも

    武術やっている奴が。あと、隠れきれてねぇからな⁉ 雪、細いから」

 「お前が乱暴なんだよ、武術やってたって怖いものは怖い。そして大きなお

    世話だ!…先に行って、ストレッチ始めていてくれ」

    前半部分は月也に、後半部分は一年生達に向けて言うと、二人は「はい」

    と返事して、ホッとした様子で更衣室から出て行く。

    二人を見送りながら、月也が言う。

 「何だよ、俺が悪いのか⁉」

 「悪いだろ。下級生からしたら上級生なんて恐い存在だし、特に今の二人は

    合気道始めたばかりなんだから、怖がらせるな。数少ない新入部員を大切

    にしろ!」

 「え~、俺、先輩達怖いって思った事無いけど⁉ 雪は怖かったのか⁉ そう

    は見えなかったけど」

 「先輩達、怖く無かった」

    そう、雪也にとって部活の先輩達は、恐い存在ではなかった。厳しくはあ

    ったけれど、威張ったり、理不尽な命令をする人達では無かったから。

 「『は』って何だよ『は』って。…あっ!じゃあ、アレか⁉ 去年の夏祭り

    の時の…」

 「『アレ⁉』、……ああ!アレか。別にあの高校生達も、何とも思わなかっ

    たな」

 『アレ』とは、去年の夏、お祭りに行った時の事だった。五人の高校生を相

    手に、二人で全員倒してしまったのだ。その時も怖いと感じる事が無かっ

    た。むしろ、高揚していたと言っていいだろう。おそらく、月也も。

    なので、雪也は更衣室の出入口に向かいながら、からかうように月也に言

    った。

 「お前、あの時すっごく悪い顔してたよなぁ」

 「はぁ⁉ 何言ってんだ。お前こそ、今迄見た事無いような黒い顔してたくせ

    に。俺、ちょっとドン引きした」

 「どっちだよ」

    廊下に出て、出入口の扉を閉めながら答える月也に、雪也が突っ込む。

    部室の並ぶ廊下を無言で歩いていると、心配そうな顔の月也が、雪也の顔

    を覗き込んで聞いて来た。

 「なぁ、昼休みはああ言ったけどさ、大丈夫か⁉ お前怒られたりしない⁉」

 「ん? ああ、大丈夫だろ。そんな事で怒るような人じゃないから」

 「そっか、ならいいんだけどさ。俺達のせいでお前が居づらくなったらどう

    しようかと…」

 「大丈夫だって言ってんだろ」

    雪也が言うと、「うん…」と元気の無い返事が返って来たので見ると、少

    し俯いてしょげた顔の月也がいる。その姿はまるで、飼い主に叱られて元

    気の無い大型犬のようだ。

 (全く、心配するくらいなら薫を止めてくれればいいのに)

    短い溜息をついて、雪也が言う。

 「本当に大丈夫だから、相馬さんと月也を合わせる事には、何も心配して無

    いんだけど…」

 「けど?」

 「何故だろう⁉ 相馬さんと薫を引き合わせると、死ぬ程後悔する気がする」

    そう言いながら、雪也は今朝の相馬との会話を思い出していた。


 『雪ちゃんの学校、ゴールデンウィークはどうなの⁉』

 『休みの事ですか⁉ カレンダー通りですね』

    相馬と涼介のコーヒーカップに、コーヒーを注ぎながら答える。

 『そうなんだ…』

 『はい。相馬さん達は、九連休ですか⁉』

 『うん♡ だから旅行に行こうかと思って…』

 『旅行⁉ いいですね』

 『ホント⁉ じゃあ…』

 『はい!俺は留守番してるので、相馬さんは恋人さん達とゆっくりしてきて

    下さいね!』

 『?????待って雪ちゃん、どう言う事⁉』

    テーブルに手をつき、ガタンと音を立てて立ち上がる相馬。

 『どう…って、相馬さん、恋人が沢山いるんですよね⁉ 俺は邪魔にならない

    よう、此処で留守番してます』

    立ち上がり、通学用のバックを肩にかける。

 『誤解だよ雪ちゃん。僕には今恋人なんていない!』

 『そうですか』

 『信じて!僕は雪ちゃんと旅行に行きたいんだよ!!!』

 『……何でですか⁉』

    聞けば後悔すると分かっているのに、聞いてしまう雪也。

    すると、少し恥かしそうに言う相馬。

 『……こ、婚前旅行♡』

 『!………行きません!!!』

    椅子を戻して、素早く玄関に向かう雪也。追いかけて来て、おもむろに倒

    れる相馬。倒れている相馬の背中を、左足で踏み付け、押さえ込んでいる

    涼介。今月二度目の光景…。

 『行ってらっしゃい、雪也君』

 『涼介さん、…ありがとうございます。行って来ます』 


    薫が泣いて喜ぶ姿が目に浮かぶ。雪也は本日一番大きな溜息をついた。

  

ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫 2

     昼休みが終わり、五時限目の授業で国語の小テストを受ける雪也達。

    国語の苦手な月也は、早くも苦戦していた。

   “この時の作者の気持ちは?” という問題に対し、月也の答えはというと、

 (知るかそんなの!『締め切りマジでヤベェ!』じゃねぇのか⁉)

    というものだった。そんな訳無い、と分かっているのだが。

    多分これは、薫の影響が大きいのだろう。コミケが近づくと必ずと言って

    いい程、『原稿ガー』『締め切りガー』『もうダメ!無理!落ちる!』と

    叫んでいる姿を見て来たせいだ。

    過去、漫研の部室で何度か見聞きした部員達の台詞と光景…。


 『先輩!もう無理です』『バカヤロウ!諦めるな!時間はまだある!!!』

 『私は此処でタヒ…』『駄目だ!お前、…逃げるな!…生きていく方が闘い

    だ!!!!!!!』

 『うう、ここまでか…』『センパ…、いや、先生!諦めないでください!多

    勢のファンの方達が先生の作品を楽しみにしています。頑張って下さい。

    アタシもその一人です!!!』

 『僕の心臓まだ動いてる!!!!!!!!!』

 『BL燃料の補給部隊は⁉』『ダメです!通信出来ません!!』

 『壁だ!!!俺達は壁になるんだ!!!!!!!!!!』

 『BL王に、俺はなる!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 『神は死んだ……』

    机の上に突っ伏している者…は、まだ良い。机にガンガン頭を打ち付け、

    何か叫んでる者。床に座って坐禅する者。口から魂が抜けている者。

    五体倒置している者。クロール泳ぎの真似をする者。窓から脱走しようと

    する者。其れを阻止する者。机の下に潜り込み、膝を抱えて何やら呟いて

    いる者。笑顔のまま、カッターの歯を出し入れする者、etc…。

    死屍累々…、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 ((何でだよ!お前ら、まだ中学生だろ!!!!!))

    自分達の部活を終え、薫を迎えに行き、雪也と一緒にドン引いた。いや、

    引いたというより、正直、怖い!怖過ぎた!!

    雪也と月也、思わず身を寄せ合わせてしまった。その姿はまるで、心細そ

    うにしている仔犬の兄弟のようだ。

    だが、真の恐怖は其の先にあった。いつまでも突っ立っている訳にはいか

    ない。さっさと薫を回収して帰るに限る。

    そう、まさに二人の思いは、

 ((お家に帰りたい))

    だった。

    意を決して、声を掛ける。

 「「………あの」」 

    すると、今さっきまでの喧騒から一転、ピタリと声が止み動きも止まり、

    一斉に雪也と月也へと視線が向けられる。が、明らかに其の視線は、

 『下らない用事だったら殺す!!!!!』

    と言うものだった。超~怖い!早く薫を回収して以下同文。

 「何か御用かしら⁉ 見ての通り立て込んでおりますが…」

    薫の先輩だろうか⁉ たじろぐ雪也達に、笑顔で話しかけてきてくれた人が

    いた。 綺麗で優しそうな雰囲気に、ホッとした次の瞬間、それは間違いだ

    と分かった。笑顔が怖い!何故かその人の背後に、大きな般若の面が見え

    る気がする。関わってはいけない人だ、コレ!早く薫を以下同文。

    美人先輩の迫力に、圧倒された雪也達は抱き合う様にして、怯えながらだ

    が、伝える。

 「すみません。俺達、薫を迎えに…来た…ん…です…け…ど……」

 「入って!」

    しかし、言い終わる前に部室に入る様促されるが、躊躇う二人。

    すると美人先輩は、素早く二人の背後に回り込み、がっしりと雪也の左肩

    と月也の右肩を掴んで、強引に連れ込もうして来た。

    吃驚した月也が叫ぶ。

 「ちょっ…、先輩。何するんですか? 離して下さい!」

    ニヤリと黒い笑みを浮かべる美人先輩。

 「何するって、ナニするに決まってるじゃない♡ ここまで来て往生際の悪

    い、逃がしゃしないよ♡」

    もはや台詞が、カタギの人じゃない。逃げようと、二人で必死にジタバタ

    していると、部室からひょっこり現れる薫。

 「雪ちゃん、月也。何してるの⁉」

 「「薫!迎えに来たんだ。帰るぞ!あと、助けて下さい」」

    学生服の背後襟を掴まれ、捕獲された二人は薫に助けを求める。

 「あー、部長。この二人顔はいいですけど、中身は小学男子ですよ⁉」

 「ショタも良いわよね♡ この二人色々美味しそう♡ 燃料にもなるわね♡」

 「部長!流石です♡ あ、お先に帰らせて貰ってもいいですか⁉」

 「良いわよ。また、明日ね~♡」

 「「………」」


    思い出して溜息をつく月也。この頃はまだ、薫の事を女の子として意識し

    ていなかった。意識してから、雪也に聞いた事がある。薫をどう思ってい

    るのか。もしかしたら、恋敵になるかもしれないと、ちょっとドキドキし

    た。が、雪也の答えは、

 「妹⁉ みたいな⁉ 可愛いとは思う。多分、アレだ!身内的に言う『馬鹿な

    娘ほど可愛い』ってヤツだ!」 

    だった。実際、薫の成績はよろしくない。

 「雪……、お前、色々酷いな。あと、『娘』じゃなくて『子』な!漢字が

    迷子になってるぞ」

    そんな会話をした記憶がある。その時だ。

 「奏 月也!そんなに穴が開くほど葵を見つめても、答えは教えて貰えない

    と思うな~」

    国語の先生に言われ、我に帰る月也。どうやらいつの間にか、左斜め前の

    席に座る雪也を見ていたらしい。

    ドッと笑いが起こる教室。呆れ顔の雪也。そして、ちらりと視線だけ薫に

    向けると、やはりニヤニヤしている。

    多分、いや確実に、薫にネタを提供してしまったようだ。

ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫

    相馬のマンションに移ってから、昨夜までの事を思い出していた雪也。

    月也を安心させられたのは良かったが、雪也自身は、度々 “貞操の危機” に

    晒されている。が、流石にそこまで話してはいない。

    せっかく安心して『良かった』と言ってもらえたのに、話したら、又心配

    させてしまう。それは避けたい。

    薫だったら、絶対悦んで喰いついて来るに違いない。それも避けたい。

    それにしても…、移り住んでから今日まで、二週間しか経っていないの

    に、毎日が濃すぎる。

    おかげで、母を偲ぶ暇も無かったが、流石に昨夜は、恐怖のあまりバリケ

    ードを作りながら『お母~さ~ん』と叫んでしまった。心の中で。

    まぁ、呼ばれて来たところで、どうすることも出来ない状況だわ。

    息子の情け無い姿を見せられるわで、母親の雪子もきっと困惑していたで

    あろう。そんな母を思い、誓う雪也。

 (ゴメン、母さん。俺もっと強くなるから)

    何かを決心した様な顔の雪也を見て、少し心配になる月也。

    声をかけようと口を開きかけたその時、

 「ねぇ、雪ちゃん!ゴールデンウィーク中、雪ちゃん家に遊びに行ってもい

    いかな⁉ てか、行きたい♡」

    空気を読まない薫が割り込んで来た。

    おいおいおいおい、何言ってるんだコイツ。と、呆れる月也。

 「俺の家じゃないし、無理。駄目に決まっているだろ」

    と薫の無茶ぶりに、冷静に返す雪也。しかし薫は諦めない。

 「え~、ちょっとだけでいいから。お願い!」

 「駄目なものは駄目だ。諦めろ」

    拝む様に手を合わせる薫に対し、ばっさりと切り捨てる雪也。

    それでも薫は、雪也の背後に回り覆い被さり、甘える様にぐりぐりと雪也

    の後頭部に自分の頭を押し付けてくる。

 「ねぇ、お願い。雪ちゃん」

 「何でそんなに来たいんだよ⁉」

 「そりゃあ、勿論。雪ちゃんのことが心配だからに決まってんでしょ!」

    ドヤ顔で雪也の顔を覗き込む薫。

 「……本音は⁉」 

    雪也の質問に対し、顔を背け呟く。

 「…………………………………………………………………………ネタ切れ」

 「却下!!!」

  “ネタ切れ” とは、薫の描いているBL同人誌の事だろう。自分がモデルにさ

    れている事を知っている雪也は、即答した。

 「イヤーーーーーー!雪ちゃん、助けてよぉ~。親友でしょ⁉」

 「その『親友』を弄んで、尚且つ、売り物にして小遣い稼ぎをしているのは

    何処のどいつだ。助ける義理は無い!」

 「酷い!雪ちゃん。小遣いを稼ぐ為に描いている訳じゃないよ!私は、私の

    作品が、『イイ』って言ってもらえるから、嬉しいからだもん!お金の為

    だけにやってる訳じゃないよ!あと、大好きだからだよ!!!!!!!」

    雪也の言い分に、教室中に響く程の声で反論する薫。が、一転して、

 「雪ちゃん、一生のお願いだから…」

 「薫の『一生のお願い』俺、何度か叶えた気がするんだが…」

 「ん? だって『一生のお願い』なんだから、『一生に一度のお願い』なんて

    一言も言ってないんだから、生きている間は何度でも聞き入れてもらうつ

    もりだよ♡」

    ケロリと自論を展開する薫。

 「マジか!略してた訳じゃ無かったのか!…でも断る!!!!!」

 「そんなぁ~、雪ちゃん。……月也ぁ」

 「えっ!そこで俺に振る⁉」

    何時もの様に、黙って二人のやり取りを見守っていた月也。

    そして何時もの様に、自分では雪也攻略は無理だと判断すると、月也に助

    けを求める薫。

 『手助け無用』とばかりに睨んでくる雪也。

    二人の間で、板挟み状態になるのは今回が初めてではない。何時もだった

    ら、雪也になんとか譲歩してもらえるよう説得するのだが、今回ばかりは

    無理だ。それを伝えようとするも、薫は月也を拝んでいる。

    月也は、仕方がないと溜息をついて、雪也に言った。

 「雪…、小一時間くらいでいいから、お邪魔出来ないかな⁉ 相馬さんがいる

    時に。俺も会ってみたいし」

 「月也、お前。……はぁ、今日帰ったら聞いてみるけど、駄目だったら諦め

    ろよ!いいな⁉ 薫」

    雪也の返事に、ぱあっと明るい笑顔になる薫。そして、

 「ありがとう。雪ちゃん、月也。大好きぃ~♡」

    そう言って、バタバタと教室を出て行った。行先は多分、漫研の部室だろ

    う。合気道部と漫研を掛け持ちしているのだ。
   
    薫を見送る、雪也と月也。

 「アイツ、まだOK貰った訳じゃ無いのに。……良かったな月也。大好きだっ

    てよ」

 「…………俺だけじゃ無い。お前もだろ」

    茶化す雪也に、あらぬ方向を向いて答える月也だった。

インターミッション~雪也

イメージ 1

       葵  雪也(あおい  ゆきや)

    学年クラス……中3 / B組

    誕   生   日……10月10日

    血   液   型……AB型

    身         長……165㎝

    部         活……合気道

    趣         味……合気道

    得 意 科 目……数学  英語  美術

    苦 手 科 目……音楽

    好きな食べ物……和食全般  具沢山ポテトサラダ

    苦手な食べ物……セロリ

    得 意 な 事……家事全般

    苦 手 な 事……相馬に追いかけられること

    休日の過ごし方……道場で稽古  家事

    一 言……まだまだ伸びる!!(身長)
                 そして、あの人(相馬)を追い越して勝ってみせる!!!!!
                                                                       ↑
                                                   (押さえ込まれた事を根に持ってる)

雪也の攻防戦~6

     相馬と雪也のLINEの遣り取りに、呆れる涼介。主に相馬に対してだが。

 「ウザいってなんだ、 これ位普通だろ⁉」

 「普通じゃないだろ。大体『可愛い』とか言われても、嬉しくないし」

 「僕、涼介の事『可愛い』なんて0.1ミリも思ってないよ?」

 「当たり前だ。逆に思われてたら、俺ソッコー秘書辞めるわ。そうじゃなく

    て、一般論だよ。男だったら『可愛い』より『格好いい』って言われたい

    と思うぞ。年頃の子だったら特に」

    だから、体鍛えてるんじゃないのか⁉ と涼介。

 「でも、雪ちゃんは…」

 「そもそもお前の言う『可愛い』って、何が基準なの? 顔⁉ 身長⁉ 体型⁉

    まぁ、華奢だと思うけど。身長だってこれからガンガン伸びるだろうし、

    筋肉だって…。雪也君、顔立ち整っているけど、女顔って訳じゃない。可

    愛い系ではないよなぁ」

 「……雪ちゃんが将来、ガチムチのマッチョになったらどうしよう⁉」

    顔の前で手を組み、真剣な表情の相馬。

 「は?……何言ってるのお前?」

    そう言いながらも、思わずボディビルダーの体型に、雪也の顔を貼り付け

    た姿(勿論、パンツ一枚で特有のポーズをとり、キメ顔をしている)を想

    像してしまう涼介。

    ……………おええぇ、に、似合わない!脳が全力で拒否しているのか、吐

    気がしてくる。こんなモノを想像させた相馬に殺意が湧く。

    いや、そうじゃない。相馬のペースに乗せられ、話が逸れている。

    今話さなければならないのは、マッチョ云々ではない。LINEの内容…でも

    なく、仕事の事だ。

    雪也のボディ…を、無理矢理脳内から追い払い、懇々と説教をする涼介に

    フンフンと頷きながら相馬が言う。

 「…要するに涼介が言いたいのは、『仕事なんてしなくてもイイ、雪ちゃん

    の隠し撮り写真やLINEしててもイイけど、会議の時だけは絶対にバレない

    様にしろ!』って事だよね⁉」

 「そうそう♪…じゃねぇよ!『仕事しなくてイイ』なんて一言も言ってない

    だろう!人の話を聞け!仕事しろ!あと、隠し撮りした写真、今すぐ消去

    して無かった事にするか、雪也君に知られて嫌われる。のどっちか選べ」

 「ひ、酷過ぎる。雪ちゃんにチクる気か⁉ コレ集めるのにどんだけ苦労し

    たと思っている」

    雪也に気付かれずに撮影するのが大変だった。できれば寝顔の写真も撮り

    たかったと訴えてくる相馬。

 「俺は別にいいんだけど…、あ~、雪也君可哀想だなぁ。きっとお前の事は

    “きちんと仕事している大人” って見てくれて、慣れない家事をこなしてく

    れてるのに、実は “仕事しない奴” って分かったら、きっとガッカリする

    んじゃ…、いや!それどころか、軽蔑するだろうなぁ」

    腕を組んで、納得した様にウンウンと頷く涼介。

    その様子を見て、不安そうな表情の相馬。どうやら雪也に嫌われる事だけ

    は回避したいらしい。しかし、写真全消しはハードル高いらしく、「せめ

    て一枚だけでも」と交渉(懇願)してくる相馬。これに対し、「一枚だけ

    だぞ」と渋々了承する涼介だった。


    ー数日後ー

    ゴールデンウィーク二日前にソレは起きた。

    学校から戻り、晩御飯を作っている最中に、相馬からLINEがきた。

    〉雪ちゃん、今日ちょっと帰り遅くなるかも…。ご飯は家で食べるから

       用意してあると嬉しい♡ 急でゴメンネ。起きて待ってなくてイイからネ

    相変わらず雪也を気遣う文面、気遣いなど必要ないのに…。そして、もれ

    なく付いてくるハートマークに、苦笑しながら返信する雪也。

    〉了解しました。

    自分の文を見て、素っ気ないな、と思う。本来なら『承知致しました』が

    正解なのだが、最初にソレを送ったら物凄く嫌がられてしまった。

    以来、『了解』という文字を使っている。

    それにしても、もっと気の効いた返信が出来れば良いと思うのだが、思い

    浮かばない自分に少し苛つきながら、“シメジと鮭の炊き込みご飯”を作る

    雪也だった。

    晩御飯の支度が終わった雪也は、バスルームへと向かった。お腹が空いて

    いない訳ではなかったが、先にお風呂を済ませておいた方が、相馬達が帰

    って来た時に、直ぐ対応できるからだ。

    お風呂から上がって、脱衣所で下着が無い事に気がついた雪也。

 「あ……」

    仕方がない、短い溜息をつく。腰にバスタオルを巻いて、着替えを持って

    バスルームを出た。向かいの自室まで跡一歩と少し手前、という所で玄関

    の扉が開き、相馬達が入ってきた。

 「雪ちゃん、ただいま~……って」

 「雪也君、ただいま………っ」

 「…………………………………………………………お帰りなさい」

 「「「………」」」

    雪也、相馬、涼介、互いに見つめ合ったまま固まる三人。が、次の瞬間、

 「雪ちゃあああああああああああああああああああああああああああ…」

    両手を広げ、嬉しそうな表情で雪也に抱きつこうとする相馬。

 「させるか!…雪也君」

    ソレを阻止すべく、相馬の足を引っ掛け雪也に指示する涼介。

 「ハイ!!!!!!!!!!」

    涼介の指示を受けて、自室へと避難する雪也。が、その直後。

 「雪ちゃん、開けてええぇえええええええええええええええええええええ」

    の声と共に、ドアノブをガチャガチャと回してる相馬に、恐怖心が煽られ

    る。なにせ自分はバスタオル一枚という、心許ない格好なのだから。

 「雪ちゃん、開けて。何もしない、何もしないからぁ」

 「う、嘘です!」

 「本当だって、開けて♡」

 「イヤです!」

 「そんな事言わずに、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから見せて♡」

 「何をですか⁉ ダメです」

 「じゃあ、先っちょだけ、先っちょだけでもイイから♡」

 「『イイ』の意味が分かりません!!先っちょだけでもアウトです」

 (……このやり取り二度目じゃないかな)

    冷静に分析する涼介。

    すると、雪也の部屋の中から、ガタッガタッ、ガタン!ズッズッズズ~。

    ゴトッ、ゴトン!という音が聞こえてきた。

 「……雪ちゃん? 何の音? 何してるの⁉」

 「バリケード作っているな。…そして俺達が飯にありつけるのは、早くて三

    時間後だな」

    涼介の予想通り、三人が御飯を食べたのは、夜中の十二時過ぎてからだっ

    た。