ゴールデンウィーク前日~雪也と相馬

     各務 涼介が支社長室に入ると、携帯電話をしている相馬の姿があった。

 「はい。それは此方で用意するので…」

 『そう⁉ それじゃあ、お願いね』

 「はい。…すみません」

 『あら、何を謝っているのかしら⁉』

 「…お母さんにばかり、嫌われ役やらせてしまって」

    いいとこ取りをしている自覚がある相馬は、申し訳なさそうに言う。

 『そんな事気にしてたの⁉ うふふ、大丈夫よ。それに私、一度でいいから意

    地悪な継母役やってみたかったのよね~』

    相馬の思いをよそに、母の荘子はあっけらかんと言い放つ。

 「は⁉」

    思いがけない言葉に、相馬が困惑していると荘子は続けた。

 『ほら!昼ドラでよくあるでしょ⁉ 『雪也さん、このお味噌汁ちょっと濃い

    んじゃないかしら』とか、棚の上に指先を走らせて『雪也さん、埃が溜ま

    っていますよ!これでお掃除したと言えるの⁉ 一体どんな躾をされてきた

    のかしら⁉』 とか言ってみたかったわ~』

 「……それは、継母の苛めというより、嫁いびりをする口煩い姑では⁉ 」

 『え⁉ あら⁉ あら⁉ そう言われるとそんな様な…じゃあ、継子苛めってど

    んな事するの⁇』

    分からないなら、やらなければいいのに、と思いながら助言?する相馬。

 「まぁ、簡単に言うと虐待…暴力を振るう事ですかね」

 『暴力⁉…』

 「ええ、ほら、よくあるじゃないですか。『生意気』とか言って、顔に平手

    打ちしたりするのが…」

 『そんな事したら、雪ちゃんの綺麗な顔に傷が付いちゃうじゃないの!責任

    取れるの⁉ 却下します!!次!』

 「えぇ⁉ …じゃあ、コレは学園モノによくあるヤツですけど、大量の水を頭

    から浴びせる。ですかね⁉」

 『そんな事して、雪ちゃんが風邪をひいて、拗らせて肺炎になったらどうし

    てくれるの!それに、それが原因で死なせてしまったら、雪子さんに顔向

    け出来ないでしょう!』

    もっと真剣に考えて!真面目にやって!と言われてしまった。

    苛めの仕方を真面目にと言われても…と自分の母親の言葉に、軽く目眩が

    する相馬。

 「苛めが迷子になっていますよ」と言ってあげたい。

    相手を傷つけない苛めがあるなら、逆に教えてほしい。そもそも、相手を

    気遣っている時点で、それはもう苛めではない。

    しかし、このまま話をしていても、どんどん違う方向へと向かいそうなの

    で、早々に切り上げ電話を切る。

    ふぅ、と溜息をつき、椅子の背にもたれかかる。

 「お袋さんか⁉」

    涼介が苦笑しながら、聞いてきた。

 「ああ。母親という生き物は、どうして、ああも理不尽なんだろうな⁉」

 「確かに、それは言えるな」

    珍しく涼介が同意した。きっと身に覚えがあるのだろう。

 「で? 何て言ってきたんだ⁉」

 「雪ちゃんが傷つかない苛め方を教えろって言われた」

 「俺が聞きたいのはそれじゃない」

    渋い顔の涼介に、「冗談だよ」と言って、本題に入る。

 「ゴールデンウィークの最終日に、ホテルで九条会長のお祝いパーティー

    あるんだって。で、招待状が届いたんだけど、そこに “新しいご家族もご

    一緒にどうぞ” って書かれてあったんだってさ」

    他人事のように言う相馬。

    九条会長とは、十年程前まで九条グループの総帥だった男だが、辞して今

    は会長に収まっている。

 「…目的は雪也君か」

 「それしかないでしょ」

 「雪也君の存在を知っていたのは当然だとしても、何で今更⁉」

 「…跡継ぎ問題」

 「跡継ぎって…彼処は確か、会長の息子が総帥職を継いで、その又息子も重

    役になっているんじゃなかったか⁉」

    何処に問題がある⁉ と涼介は言いたいのだろう。相馬が答える。

 「その孫夫妻に、子供が出来ないからじゃないかな⁉」

 「ああ!成る程、そういう事か!でもそれって、都合よすぎっていうか…」

 「うん。完全に他人を馬鹿にしてるよね。そもそも、あの二人を認めなかっ

    たのは『お前だろう』と言いたい。お陰で雪子さんは苦労したし。何より

    も、から雪也を奪おうなんて…」

    相馬の声のトーンが、どんどん低くなっていく。

 「おお~い、素のお前が出てるぞ~。雪也君に怖がられるぞ~」

    涼介の言葉にハッとして、首を横に振り、いつもの相馬に戻る。

 「ふぅ、危ない危ない。雪ちゃん居なくて良かった♡ あ、涼介、今の雪ち

    ゃんには、内緒ね!怖い人認定されて、嫌われちゃうから。十三年前も、

    懐いてもらうのに苦労したんだから!」

 「苦労って…餌付けしただけだろ!で、話を戻すけど、そのパーティーに雪

    也君を連れて行く訳だけど、会長以外に何か問題が⁉」

 「うん。雪ちゃん、立食パーティーのマナー、まだ教わってないんだよね。

    本番で恥をかかないように、母にお願いして、リハーサルの場を設けて貰

    ったんだけど…」

    どうにも歯切れの悪い相馬。

 「けど⁉」

 「…母からリハーサルの提案があった事にして貰った」

 「そういう事か」

    立食パーティーといえど、作法がある。ましてや、今回は九条会長のお祝

    いパーティーという事で、ホテルも格の高い所だ。招待された客層もそれ

    なりの家格のある者達だろう。

    相馬のように、子供の頃から躾され、場数を踏んで慣れていれば大丈夫だ

    が。雪也に、説明だけで作法を身に付けさせるのは、無理というものだ。

    その場の雰囲気に呑まれて、頭で分かっていても、体が付いていかない、

    という事もよくある。

    作法というものは、頭より体に叩き込んだ方が早いのだ。

    つまり、雪也に場数踏ませ、教育しなければならない。この短期間で、そ

    れが出来るのは荘子だけだろう。そして、厳しい教育者という者は、あま

    り良く思われない。たとえ、後々感謝されるとしても。

     相馬が母親の荘子に頭を下げていたのは、そう言う事だったのだ。