ゴールデンウィーク前日~雪也と相馬 2
冷蔵庫に、七、八人前はあるお刺身の盛り合わせを入れながら、
(やっぱり、三人前で注文すれば良かったかな⁉)
と、思わずにはいられない雪也だった。
何故なら、薫の母親に教えてもらった魚屋に行ったのだが、其処は、部活
の後輩(女子)の子の親が営んでるお店で、雪也が先輩と知ると『サービス』
だと言って、四人前で注文した盛り合わせは、あっという間に七、八人前
になってしまったのである。
相馬も涼介も結構食べる方なので、三人前ではなく、四人前で注文したの
だが、思わぬところで仇となってしまった。
正直なところ、とても嬉しい!嬉しいが、食べ切れるのか⁉ という不安
もある。
(まぁ、明日から大型連休で、相馬さん達はお酒も飲むだろうからな)
二人の大人達が、お刺身を全消化してくれる事を祈って、冷蔵庫の扉を閉
める。
唐揚げの下拵えをして、あとは相馬達が帰って来てから、片栗粉をまぶし
て揚げるだけにして、他二品の副菜を作る。
夕飯の支度を粗方終えて洗い物をしていると、ダイニングテーブルの上に
置いてある雪也の携帯が鳴った。
タオルで手を拭きながら画面を見ると、『相馬さん』の表示が出ている。
何時もメールかLINEなのに、珍しいと思いながら出る。
「はい。…えっと、雪也です」
『ふふふ、雪ちゃんは可愛いね』
戸惑い気味に出る雪也に、愛おしさを感じた相馬は、つい口に出してしま
ったのだが、雪也には受け入れられなかったらしい。
「…切りますね」
『わぁ~、待って待って、切らないで!お願いだから、話を聞いて!」
一体何が言いたいんだこの人は⁉ と思いつつ、溜息を一つついて聞き返す
雪也。
「…何ですか⁉」
『あ~、えっとね、今日帰りが一時間から一時間半位遅くなるから。…あと
帰ったら話があるんだ』
「話、ですか⁉」
『…うん』
相馬にしては、歯切れの悪い物言いに、嫌な予感しかしない。
「分かりました。俺も話、というか相談したい事があるので…」
『相談⁉』
「はい…」
『…分かった。じゃあ』
「はい。…あ…」
『ん⁉ 何⁉…』
「あ、いえ…あの…気を付けて帰って来て下さい」
(言えた!)
少しぎこちなかったが、今迄伝えられなかった言葉を、伝える事が出来て
ほっとする雪也に、嬉しそうに相馬が答える。
『!うん、ありがとう。…じゃあ、あとで』
「はい」
電話を切ると、ハァ~っと息を吐きながら脱力して、携帯を持ったままテ
ーブルに突っ伏す雪也。
一方の相馬はというと、ノートパソコンの画面一杯に映し出された雪也の
画像を見て、手足をばたつかせる。
「あ~~~、雪ちゃん、超可愛い!今すぐ抱きたい!」
雪也と相馬の遣り取りを、初めからからずっと聞いていた涼介は、冷たく
呆れた様に言い放つ。
「やめろ、変態」
五分程突っ伏していた雪也だったが、おもむろにガバッと起き上がる。
ぼうっとしている場合ではない、まだ洗い物が残っているのだ。
調理器具を片付けながら、先にお風呂を済ませてしまおうかと思う雪也だ
が、何せ昨日の今日である。
二日続けてまたあの修羅場を体験するのはごめんだ。
うんうんと悩んだ末。結局お風呂は諦めて、リビングで宿題をする事にし
た雪也。
しかし、勉強道具を持って来て、いざ始め様とするも全然集中出来ず、捗
らない。きっと嫌な予感のせいだろう。
雪也は溜息をつき、筆記用具を開いたノートの上に放り出すと、床からソ
ファーへと身を移す。
クッションを抱いてころんと横になると、自然と瞼が閉じ、そのまま眠っ
てしまった雪也だった。