ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫 7

     結局のところ、嫌というほど分かった事は、誰にも白藤部長を止める事は

    出来ない!という事実だけだった。

    聞けば、神谷、仙石、白藤の先輩達は一年からずっと同じクラスで、壁ド     

    ン、机ドン等は日常茶飯事だと言う。

    仙石先輩に至っては、白藤部長に机ドンされた時に、『うっかり ときめい

    た』らしい。

    ただし、誤解だった事が判明。

    先輩達の過去の話を色々聞かされ、僅かに残っていた希望も打ち砕かれ、

    早々に降参して、白藤先輩に従う雪也達だった。

    勿論、その後に来る夏コミに向けての修羅場にも、付き合う事になった。

    この時点で、冬休み前の事を想像して、早くも消沈する二人。

    だが、その日が来る事は無かった。

    雪也の母が入院したからだ。もって半年…、と言われていたが、四ヶ月足

    らずで逝ってしまった雪子。

    流石に白藤部長も、無理強いしてくる事は無く、逆に母、雪子の好きな武

    将の裏話(雪子は歴女だった)と、色とりどりの花を持ってお見舞いに来

    てくれた程だ。

    女を腐らせている以外は、常識人なんだなと思う雪也だった。
    *****


    二年の時の事を思い出して、いまいち信用できないでいる雪也と月也。

    だが、そんな二人の心配を他所に、薫は何時もの様に、調子の良い態度を

    取り続けている。


    今年の男子の新入部員は、六人。まぁ、人気のある部活ではないので、毎

    年、三、四人から五、六人入ってくれれば良い方だ。雪也達三年生も五人

    しかいない。二年生は四人だ。

    しかし、だから弱小なのかと言うと、そうでもなかった。

    合気道は、その道場によって違う。試合をしないという所もあるのだ。

    中学校では、合気道はスポーツという括りになって、中体連もある。

    勿論、試合形式で、団体戦個人戦、型といったものだ。

    個人戦は学年別で行われている。雪也は経験者という事で、一年の時から

    この個人戦に出場し、二年連続で優勝している。

    月也は一年生の時は団体戦のみ、二年の時は団体戦個人戦に出場し、個

    人戦では雪也に敗れたが、団体戦では優勝に大きく貢献した。

    同学年の他の三人の内、二人は経験者という事で個人戦に出場。だが、

    早々に敗退。もう一人は未経験者だったので、型に出場した。

    この様に、中学に上がる前から合気道を習っている経験者と、そうではな

    い未経験者に分かれる。

    先程の更衣室で、雪也の背後に隠れた二人は後者だ。なので、顧問の竹井

    先生と雪也が主にこの二人の面倒を見ている。他の四人の内、二人は雪也

    達と同じ道場に通っているので、気安く月也と雪也に纏わりついてくる。

    まだまだ小学生気分の抜けない後輩達に、「うるせぇ」と言いながら、部

    室の隅にある柔らかい分厚いマットに、二人を放り投げる月也。

    側から見ると乱暴な扱いをされている様だが、投げられた当人達はキャッ

    キャと喜び、又すぐに月也に纏わりつく→投げられる→纏わりつく→投げ

    られるを繰り返している。

    其の様子を、他の道場に通う二人が羨ましそうに眺めているのを、他の二

    三年生達が見兼ねて、その二人の背後にそっと近付き、二人掛かりで一人

    を抱え上げ、マットの上に高く放り投げる。投げられた二人は、一瞬、何

    が起こったのか分からず、仰向けの姿勢のまま、目をぱちくりしている。

    が、すぐに自分達も構ってもらえた事が嬉しくて騒ぎ出し、上級生達に向

    かって仔犬の様に突進して行く。こうなると、もう一年生達は歯止めがき

    かない。いや、一年生達だけではない。

    雪也と二人の後輩達以外は、もはや、仔犬と成犬の戯れあいにしか見えな

    い。

    雪也の整った綺麗な微笑み顔が、どんどん恐ろしいものになっていく。

    怯える後輩二人。

    気配を察知した月也が騒ぎを止めようとしたが、すこし遅かった。

    次の瞬間、雷が落ちた。


    部活も終わり、更衣室で着替える男子部員達。

    ロッカーの扉を開け、帯を解いて道着の上を脱ぐ月也。

    ふと、隣で着替えている筈の雪也を見ると、道着は疎か帯すら解いておら

    ず、スマホの画面を睨んでいる。

 「雪…、どうした⁉」

    ゴールデンウイーク訪問の事で、何か相馬に言われたのかと心配になった

    月也は聞いた。

 「いや、何時もならこの時間には、晩御飯のリクエストがあるんだけど…」

 「今日は無いのか⁉」

 「ああ」

    何時もは、リクエストで無くとも、何かしらのメッセージが届いているの

    だが、今日に限って何も無い。

    まぁ、相馬さんは支社長なんだし、普通に考えたら、携帯なんて弄ってい

    る暇無いか、と思い少しの違和感を覚えながら、バッグにスマホを戻す

    雪也。

 「月也、お前今日、何食べたい⁉」

 「は⁉ いきなり何だ」

    突然の質問に、制服のズボンのベルトを締めながら、答える月也。

 「いや、晩御飯のメニューが思い浮かばなくて…」

 「主婦か、相馬さんは朝とか、何も言って無かったのか⁉ 」

 「俺の好きな物で良いって…」

    ふぅ、と短い溜息をつき、シャツのボタンを留める雪也。

 「じゃ、それで良いんじゃないか⁉」

 「そういう訳には…、ただ、最近肉料理ばっかりだったから。魚料理かなと

    思ってはいるけど、煮魚ってあの二人、あんまり好きそうじゃないし…。

    栄養的には悪く無い筈なんだが、どう思う⁉」

 「子育て中の主婦か。お前が魚食いたいんなら、それで良いだろ!俺は肉

    一択だけど!」

 「お前の意見は余り参考にならない!という事は良く分かった」

    更衣室の鍵を掛けながら、雪也は言う。

 「お前ね…」

    月也が文句を言おうとした時、女子更衣室の戸締りを終えた薫が来た。

 「お腹空いた~。早く帰ろう」

    歩き出す三人。

 「薫…」

 「なぁに~⁉」

 「お前、晩御飯何食べたい⁉」

 「刺身の盛り合わせでしょ!やっぱり!!あと天麩羅。と、言いたいところ

    だけど、私的には唐揚げ!!!」

 「それな!」

    雪也と薫の食の好みは、割と似通っている。

    そんな二人の会話を聞いて、どこか釈然としない月也だった。