ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫 6

     そして始まる写生会。

    死んだ目をしたまま、リクエストされた壁ドンポーズをとる雪也と月也。

    さらに細かい注文が入る。

 『奏君、左手で葵君に顎クイして♡ そして、目線は斜め後ろで!』

 『葵君は、唇を少し開けて♡ 目を潤ませながら、奏君を見つめて♡』

 『ポーズのモデルなんだから、目線関係ないだろ⁉』

 『潤ませるって…、どうやって⁉』

 『二人共もっと顔を近づけて!』

 『『今でも近過ぎるんだが⁉⁉ あと俺達の質問に答えろ!!』』

    二人の抗議は、華麗にスルーされた。

 『時間がないから、指示通りにして!』

    そう言うと、白藤部長は月也の後頭部に手を掛け、ぐいっと雪也の顔の方

    へと引き寄せる。

    雪也と月也は、互いの息を感じる位まで近づけさせられ、驚き固まる。

    しかし、白藤部長のチッという舌打ちと、部員達からの落胆の声と溜息が

    聞こえ、真の意味を理解する二人。

    不慮の事故を装って、キスさせる気だったのだ。

    その証拠に、二人の両脇には、デジカメとスマホを構えた部員達がいた。

    きっと、決定的瞬間を狙っていたに違いない。

 (この変質者共め!そうそうお前らの好きにさせてたまるか!)

 (あ、危なかった…、コイツら変態達を喜ばせるところだった!破裂しろ!

    変態!)

    心の中で罵る雪也と月也。

    何故、言葉にしないのかというと、部長をはじめ部員達を喜ばせてしまう

    からだ。

    彼等にとって、『変質者』『変態』という言葉は、誉め言葉らしい。

    前回、何度か此の言葉を使ったが、使えば使うほど相手のテンションが上

    がり、逆に自分達のダメージが大きい事を学習した雪也達は、あえて此の

    単語を封印した。

    そうこうするうちにチャイムが鳴り、白藤部長の『撤収』の声がかかる。

    解放され、ほっ、と息をつく二人に、笑顔を貼り付けた部長が言う。

 『それじゃあ、二人共。また明日もよろしくね♡ あ、逃げても無駄だから、

    何なら私が迎えに行きましょうか♡』

 『『いえ、大丈夫です』』

    部長の笑顔が怖い雪也と月也は、即答する。

    教室に戻ると、疲れきった二人の表情を見た、クラスメイトの男子達から

    労わりの言葉をかけられる。

 『大丈夫…じゃないよな』

 『お、お疲れ…』

 『今日、アメしか持って来てないんだけど…、コレやるから元気出せ』

    そして、その光景を暖かく見守っている女子達。

    次の日には、自主的に漫研の部室に向かう、死んだ目をした二人の姿があ

    った。という日々が続いたある日の放課後、合気道部の部長に助けを求め

    る雪也と月也。

 『先輩、漫研の白藤先輩と同じクラスでしたよね⁉』

 『え⁉ あー、うん。そうだけど⁉』

    雪也達の先輩で、部長であり生徒会長も務める神谷。文武両道を地でいく

    彼にしては、歯切れの悪い返事が返って来た。

 『先輩から、白藤先輩に何とか言って貰えませんか⁉』

 『…何とかって⁉』

    神谷部長の顔が引きつっている。どうやら、関わりたくないらしい。

    だが、雪也達も必死だ。

 『その…注意っていうか。『こんな事はヤメロ!』的な、ちょっと強めにと

    いうか、脅しじゃないですけど高圧的な感じで…』

 『無理!!!』

 『即答⁉ ちょ…先輩!』

 『無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!!』

    掌を雪也達に向け、顔をぶんぶんと横に振る部長。

 『何で無理なんですか⁉ 生徒会長でしょ⁉ 白藤先輩の横暴を許しちゃって

    いいんですか⁉』

 『生徒会長だからって、白藤の行動を止める権利なんて無いよ』

 『可愛い後輩達が困っているんですよ!!!』

 『可愛いって、自分達で言っちゃうんだ⁉ まぁ、君ら可愛いけどね』

 『だったら、助けてくださいよ!』

 『ごめん。本当に無理!』

 『先輩…、でも…』

    苦笑いを浮かべながら、すまなさそうに言う神谷部長。それでも、諦め切

    れない二人に、別の先輩からストップがかかる。

 『お前ら、その辺で許してやれよ』

    振り返ると、副部長の仙石先輩が、腕組みしながら立っていた。

    仙石先輩は、見た目も優等生タイプの神谷部長とは正反対の、ヤンキーか

    と思わせる眼つきの鋭い先輩だ。

    しかし、その見た目に反して、中身は結構真面目で、面倒見の良い人なの

    だ。その先輩が、雪也と月也に言った。

 『神谷に白藤を止める事なんて、出来る訳ねぇだろ!だって…』

 『仙石⁉ ヤメテ!』

    神谷部長の静止も聞かず、仙石先輩は続ける。

 『だってこいつ、事あるごとに、白藤から机ドンされているんだからな!』

 『『はい?』』

    衝撃的な告白を受け、部長の神谷を見ると、両手で顔を覆い耳まで真っ赤

    にしている。

 『仙石~~~、何で言っちゃうかなぁ』

 『いいじゃんか!本当の事だし。ちゃんと言わないと、此奴らだって納得し

    ないだろ⁉』

    恨めしそうに言う神谷部長に、至極真っ当な意見を言う仙石先輩。

    神谷部長は『そうだけど』と言いながら、恥ずかしそうにしている。

 『…何で先輩、そんな事に⁉』

    自分達だけでなく、尊敬している人まで、そんな目にあっている事に驚く

    雪也の問いに、仙石先輩が答える。

 『神谷、授業中は黒縁眼鏡をかけているんだけど、なんかそれが白藤的には

    萌えるらしくて、『眼鏡受け最高!』とか叫びながら、白藤本人が神谷を

    机の上に押し倒してる』

 『えぇ…』

 『因みに俺も『不良受け超最高!!!』って、押し倒されているぞ!』

    親指で自分を指して言う、仙石先輩。

 『えっ!仙石先輩まで⁉ それは、すご…酷い!!!』

 『ああ、酷いだろ!俺、眼つき悪いのは自覚してるけど、不良じゃねぇっつ

    うの!』

 『『え⁉ 先輩、そこですか⁉』』

 『? そうだけど⁉』

    雪也達の突っ込みに、他に何がある⁉と言いたげな表情の仙石先輩。

 『…押し倒されるのは、いいんですか⁉』

 『ん⁉ ああ、俺もまだまだ修行不足だなって…』

    雪也の問いに、真剣な顔で答える仙石先輩に、本当に真面目な人だなぁ、

    と思う月也だった。