ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫
相馬のマンションに移ってから、昨夜までの事を思い出していた雪也。
月也を安心させられたのは良かったが、雪也自身は、度々 “貞操の危機” に
晒されている。が、流石にそこまで話してはいない。
せっかく安心して『良かった』と言ってもらえたのに、話したら、又心配
させてしまう。それは避けたい。
薫だったら、絶対悦んで喰いついて来るに違いない。それも避けたい。
それにしても…、移り住んでから今日まで、二週間しか経っていないの
に、毎日が濃すぎる。
おかげで、母を偲ぶ暇も無かったが、流石に昨夜は、恐怖のあまりバリケ
ードを作りながら『お母~さ~ん』と叫んでしまった。心の中で。
まぁ、呼ばれて来たところで、どうすることも出来ない状況だわ。
息子の情け無い姿を見せられるわで、母親の雪子もきっと困惑していたで
あろう。そんな母を思い、誓う雪也。
(ゴメン、母さん。俺もっと強くなるから)
何かを決心した様な顔の雪也を見て、少し心配になる月也。
声をかけようと口を開きかけたその時、
「ねぇ、雪ちゃん!ゴールデンウィーク中、雪ちゃん家に遊びに行ってもい
いかな⁉ てか、行きたい♡」
空気を読まない薫が割り込んで来た。
おいおいおいおい、何言ってるんだコイツ。と、呆れる月也。
「俺の家じゃないし、無理。駄目に決まっているだろ」
と薫の無茶ぶりに、冷静に返す雪也。しかし薫は諦めない。
「え~、ちょっとだけでいいから。お願い!」
「駄目なものは駄目だ。諦めろ」
拝む様に手を合わせる薫に対し、ばっさりと切り捨てる雪也。
それでも薫は、雪也の背後に回り覆い被さり、甘える様にぐりぐりと雪也
の後頭部に自分の頭を押し付けてくる。
「ねぇ、お願い。雪ちゃん」
「何でそんなに来たいんだよ⁉」
「そりゃあ、勿論。雪ちゃんのことが心配だからに決まってんでしょ!」
ドヤ顔で雪也の顔を覗き込む薫。
「……本音は⁉」
雪也の質問に対し、顔を背け呟く。
「…………………………………………………………………………ネタ切れ」
「却下!!!」
“ネタ切れ” とは、薫の描いているBL同人誌の事だろう。自分がモデルにさ
れている事を知っている雪也は、即答した。
「イヤーーーーーー!雪ちゃん、助けてよぉ~。親友でしょ⁉」
「その『親友』を弄んで、尚且つ、売り物にして小遣い稼ぎをしているのは
何処のどいつだ。助ける義理は無い!」
「酷い!雪ちゃん。小遣いを稼ぐ為に描いている訳じゃないよ!私は、私の
作品が、『イイ』って言ってもらえるから、嬉しいからだもん!お金の為
だけにやってる訳じゃないよ!あと、大好きだからだよ!!!!!!!」
雪也の言い分に、教室中に響く程の声で反論する薫。が、一転して、
「雪ちゃん、一生のお願いだから…」
「薫の『一生のお願い』俺、何度か叶えた気がするんだが…」
「ん? だって『一生のお願い』なんだから、『一生に一度のお願い』なんて
一言も言ってないんだから、生きている間は何度でも聞き入れてもらうつ
もりだよ♡」
ケロリと自論を展開する薫。
「マジか!略してた訳じゃ無かったのか!…でも断る!!!!!」
「そんなぁ~、雪ちゃん。……月也ぁ」
「えっ!そこで俺に振る⁉」
何時もの様に、黙って二人のやり取りを見守っていた月也。
そして何時もの様に、自分では雪也攻略は無理だと判断すると、月也に助
けを求める薫。
『手助け無用』とばかりに睨んでくる雪也。
二人の間で、板挟み状態になるのは今回が初めてではない。何時もだった
ら、雪也になんとか譲歩してもらえるよう説得するのだが、今回ばかりは
無理だ。それを伝えようとするも、薫は月也を拝んでいる。
月也は、仕方がないと溜息をついて、雪也に言った。
「雪…、小一時間くらいでいいから、お邪魔出来ないかな⁉ 相馬さんがいる
時に。俺も会ってみたいし」
「月也、お前。……はぁ、今日帰ったら聞いてみるけど、駄目だったら諦め
ろよ!いいな⁉ 薫」
雪也の返事に、ぱあっと明るい笑顔になる薫。そして、
「ありがとう。雪ちゃん、月也。大好きぃ~♡」
そう言って、バタバタと教室を出て行った。行先は多分、漫研の部室だろ
薫を見送る、雪也と月也。
「アイツ、まだOK貰った訳じゃ無いのに。……良かったな月也。大好きだっ
てよ」
「…………俺だけじゃ無い。お前もだろ」
茶化す雪也に、あらぬ方向を向いて答える月也だった。