ゴールデンウィーク前日~雪也 月也 薫 5

    期末の定期試験が終わり、結果はまだ出ていないものの、後は夏休みを待

    つばかりとなったある日の昼休み。

    前回の事を踏まえ、学習した雪也と月也は、漫研の部長に掴まらないよう

    にグラウンドに出て、同じクラスの男子達と、サッカーの真似事をして遊

    んでいた。

    結局あの後、薫の言う通り“入稿完了”まで二人は使い回され続け、時には

    貶され罵倒され、精神、肉体共に疲弊しきっていたので、放課後、部室に

    着く頃にはボロボロの状態だった。事情を知っている部活の先輩達は、二

    人にお菓子を与えて励ましたり、慰めたりと優しくしてくれた。

    先輩達だけではない、同輩や後輩達も気を遣ってくれた。そして、早々に

    二人を見捨てたクラスメイト達も、『飴、舐めるか⁉』『チョコあるよ、

    食べる⁉』『限定ポッキーやるから、元気出せ!』『葵、タケノコ派だっ

    たよな⁉ コレやるから頑張れ!』『奏は、キノコ派だったっけ⁉ …え、

    違う⁉ あ、でも食べるんだ⁉ いいよいいよー、食べな。食欲があるのは

    いいコトだよ、うん!』etc…。(※校則で、菓子の持ち込み禁止です)

    男子達から心配され、チヤホヤされていた。女子達はこの光景に、若干引

    気味ながらも同情はしていたので、 

 ((((((((お前ら、大阪のおばちゃんかよ!!!!))))))))

    と、ツッコミを入れながら、生暖かい目で見守っていた。

    そんな訳で、休憩時間に教室で過ごす事は、危険と判断(夏コミが近づい

    ている)して、外に出て回避しようとしていた。が、どうやら見通しが甘

    かったらしい。

 『見つけましたよ!葵先輩、奏先輩』

    声と同時に、腕を掴まれる雪也と月也。

    グイっと右腕を引っ張られ、驚いて右後方を見る雪也。そこには、くせっ

    毛の髪、くりっとした目つきの可愛らしい顔をした小柄の、漫研でただ

    一人の男子部員が引っ付いていた。

    雪也とその男子部員の身長差は、おそらく十五センチ位だろう。

    雪也の腕に自分の腕を絡めて、必死にしがみ付き見上げている。それを見

    下ろす雪也。

 『……』

 『……』

    両者無言のまま見つめ合っていると、すぐ側から黄色い悲鳴が飛ぶ。

    その声にハッとして、雪也は月也の方を振り返る。見ると、左右の腕に一

    人ずつと、胴体の前と後ろから抱きつかれていた。というよりも、取り憑

    かれている様にしか見えなかったが。よくよく見ると左脚にも一人、しが

    み付いていた。然も、全員一年生女子だ。

    月也の顔を見ると、とてつもなく渋い表情をしている。出来る事なら、

    『全員ブン投げてぇ』といったところだろう。

    腐っているとはいえ、年下の女の子達に暴力を振るう訳にもいかず、モヤ

    モヤしている状態なのが見て取れる。

    しかし、それは雪也も同じだ。年下とはいえ、同性なのだからブン投げて

    も問題ない筈だが、受け身が取れなさそうな相手に、技を使う気にはなれ

    なかった。

 『さ、行きましょう!部長達が待っていますよ』

    そう言って、雪也を校舎の方に連れ戻そうとした。が、身長差と体の鍛え

    方の違いからか、男子部員が一生懸命引っ張っても、雪也が地面に足を踏

    ん張ってしまえば、そこから先に進めずにいた。

    う~ん、と唸りながら、必死になっている後輩の姿は、雪也から見ても微

    笑ましいものがあった。

    一方、月也はというと、先程よりさらに人数が増えて、月也の体を覆い着

    くしていた。さながら、怪物の触手に絡め取られ、今にも取り込まれそう

    といったところだ。これには、さすがの月也も身動きが取れずに、ズルズ

    ルと引き摺られている。

    この光景に、雪也とクラスメイト達がドン引く。だが直ぐに、

 『オイ、ヤメろよ!』

 『そうだぞ、嫌がってんじゃねぇか』

 『横暴だろ、離せよ!』

 『いい加減にしろ!』

    抗議の声が上がる。前回と違い、今回の相手が年下とあって、強気な発言

    をするクラスメイト達が頼もしく見える。対する一年生達は、

 『私達だって、好きでやってる訳じゃないです』

 『先輩達に言われて仕方なく…』

 『先輩達に怒られる』

 『虐められる…』

    と、泣き落としで応戦。怯む雪也達。そこに畳み掛ける様に、

 『お願いです先輩、一緒に来て下さい。じゃないと僕、あの部長から『お仕

    置き』されちゃいますぅ~!漫研に男は僕一人だから、部長の当たりがキ

    ツくて……』

   目を潤ませる男子部員。

 『お仕置き』もそうだが『部長』の言葉に恐怖を憶え、固まる雪也達。

    それを察した一年生達は、

 『部長が』『部長で』『部長に』『部長だから』『部長なんです』

    と、連呼する。勝敗が決まった瞬間である。

    顔色の悪いクラスメイト達から、

 『うん、まぁ…』

 『気の毒と言えなくも無いような…』

 『…逝ってこい』

    と送り出され、ドナドナ状態の雪也と月也は、漫研の部室へと引き摺られ

    て行った。

    部室の扉の前に立つ雪也と月也、そして下級生達。今回は、呻き声が聞こ

    て来ない。前回程の修羅場でない事に、少しだけほっとする二人。

    中に入ると、満面の笑みを浮かべた部長に、『いらっしゃい』と迎えられ

    る。続いて男子部員と女子部員達に向かって言った。

 『よく連れて来てくれたわね。流石だわ!刈谷も、私が見込んだ “腐男子” 

    なだけあるわね!』

 『ありがとうございます!』

 『お任せ下さい』

 『先輩達、結構チョロかったです♡』

 『部長のおかげです!!!!!』

    褒められた事が嬉しかったのだろう。口々に返す部員達。

    聞き捨てならない台詞の数々に、ムッとする雪也と月也。

 ((腐男子⁉ 誰の当たりがキツいって⁉ チョロいだとぅ⁉ もう二度とコイ

    ツ等の言うこと信じねぇ~))

    不満を露わにした顔を隠そうともしない二人に、部長が言う。

 『よく来てくれたわね、二人共。ありがとう♡』

 『好きで来た訳じゃないので…』

 『右に激しく同意

 『快く引き受けてくれて、感謝の言葉も無いわ♡』

 『快く思っても無いし…』

 『引き受けても無い』

 『それじゃあ、時間も無いし始めましょうか♡』

 『オイ…』

 『聞けよ!他人の話を』

 『脱いで♡』

 『『何でだ!!!!!』』

    会話にならない会話を続けた結果、まさかのセクハラ発言に、やってられ

    ないとばかりに、体を部室の出入口へと向けた二人。

 『ただいま戻りました~』

    その時、扉を勢いよく開けて、入って来たのは薫だった。

 『デジカメ借りられ…、て雪ちゃん、月也。何でいるの? …部長⁉』

    何も知らされていなかった薫は、部長の白藤に問いかける。

 『ありがと、薫。実は、この二人にモデルになってもらおうと思って…』

 『えっ!モデル…』

 『そう。だから…』

 『ダ、ダメ!ダメです!!この二人は絶対にダメ!!!!!』

    部長の言葉を遮り、雪也と月也の前に立ち、両手を広げる薫。

    二人からは薫の顔は見えないが、きっとムッとした表情を浮かべているの

    だろう。自分達の為に、怒ってくれている幼馴染みに感動する二人。

    しかし、薫から発せられる言葉に、突っ込みしかない。

 『この二人は私の物ですよ!』

 ((違うし、物じゃないし!))

 『私が先に唾つけたんですからね!!』

 ((マーキングされた覚えはない!!))

 『大体、酷いです部長!この二人をモデルにした、オリジナルのBL本、今度

    の夏コミで販売させてくれるって言ってたのに!!!!!』

 『『待て!今、何て言った⁉⁉⁉⁉⁉ そして、俺達の感動返せ!!!!』』

 『やあねぇ、薫。違うわよ!モデルはモデルでも、ポーズ…デッサン用よ』

 『……デッサン⁉』

 『そ♡ だから安心して』

 『なんだ、…私てっきりストーリーの事かと、すみません。早とちりしちゃ

    って…』

    恥ずかしそうに、両頬に手を当てる薫に、部長が続ける。

 『葵君と奏君の魅力を、存分に引き出したBL本は、薫にしか描けないのは

    分かっているから!期待しているわよ!!!』

 『ハイ!部長!!!』

    薫の両肩を抱き、笑顔を向ける部長。それに応えるように、手の指を組ん

    で部長を見つめる薫。そこに部員達の拍手喝采が湧き上がる。

    いきなり始まった小芝居に、呆然とする雪也と月也だった。