雪也の攻防戦~6

     相馬と雪也のLINEの遣り取りに、呆れる涼介。主に相馬に対してだが。

 「ウザいってなんだ、 これ位普通だろ⁉」

 「普通じゃないだろ。大体『可愛い』とか言われても、嬉しくないし」

 「僕、涼介の事『可愛い』なんて0.1ミリも思ってないよ?」

 「当たり前だ。逆に思われてたら、俺ソッコー秘書辞めるわ。そうじゃなく

    て、一般論だよ。男だったら『可愛い』より『格好いい』って言われたい

    と思うぞ。年頃の子だったら特に」

    だから、体鍛えてるんじゃないのか⁉ と涼介。

 「でも、雪ちゃんは…」

 「そもそもお前の言う『可愛い』って、何が基準なの? 顔⁉ 身長⁉ 体型⁉

    まぁ、華奢だと思うけど。身長だってこれからガンガン伸びるだろうし、

    筋肉だって…。雪也君、顔立ち整っているけど、女顔って訳じゃない。可

    愛い系ではないよなぁ」

 「……雪ちゃんが将来、ガチムチのマッチョになったらどうしよう⁉」

    顔の前で手を組み、真剣な表情の相馬。

 「は?……何言ってるのお前?」

    そう言いながらも、思わずボディビルダーの体型に、雪也の顔を貼り付け

    た姿(勿論、パンツ一枚で特有のポーズをとり、キメ顔をしている)を想

    像してしまう涼介。

    ……………おええぇ、に、似合わない!脳が全力で拒否しているのか、吐

    気がしてくる。こんなモノを想像させた相馬に殺意が湧く。

    いや、そうじゃない。相馬のペースに乗せられ、話が逸れている。

    今話さなければならないのは、マッチョ云々ではない。LINEの内容…でも

    なく、仕事の事だ。

    雪也のボディ…を、無理矢理脳内から追い払い、懇々と説教をする涼介に

    フンフンと頷きながら相馬が言う。

 「…要するに涼介が言いたいのは、『仕事なんてしなくてもイイ、雪ちゃん

    の隠し撮り写真やLINEしててもイイけど、会議の時だけは絶対にバレない

    様にしろ!』って事だよね⁉」

 「そうそう♪…じゃねぇよ!『仕事しなくてイイ』なんて一言も言ってない

    だろう!人の話を聞け!仕事しろ!あと、隠し撮りした写真、今すぐ消去

    して無かった事にするか、雪也君に知られて嫌われる。のどっちか選べ」

 「ひ、酷過ぎる。雪ちゃんにチクる気か⁉ コレ集めるのにどんだけ苦労し

    たと思っている」

    雪也に気付かれずに撮影するのが大変だった。できれば寝顔の写真も撮り

    たかったと訴えてくる相馬。

 「俺は別にいいんだけど…、あ~、雪也君可哀想だなぁ。きっとお前の事は

    “きちんと仕事している大人” って見てくれて、慣れない家事をこなしてく

    れてるのに、実は “仕事しない奴” って分かったら、きっとガッカリする

    んじゃ…、いや!それどころか、軽蔑するだろうなぁ」

    腕を組んで、納得した様にウンウンと頷く涼介。

    その様子を見て、不安そうな表情の相馬。どうやら雪也に嫌われる事だけ

    は回避したいらしい。しかし、写真全消しはハードル高いらしく、「せめ

    て一枚だけでも」と交渉(懇願)してくる相馬。これに対し、「一枚だけ

    だぞ」と渋々了承する涼介だった。


    ー数日後ー

    ゴールデンウィーク二日前にソレは起きた。

    学校から戻り、晩御飯を作っている最中に、相馬からLINEがきた。

    〉雪ちゃん、今日ちょっと帰り遅くなるかも…。ご飯は家で食べるから

       用意してあると嬉しい♡ 急でゴメンネ。起きて待ってなくてイイからネ

    相変わらず雪也を気遣う文面、気遣いなど必要ないのに…。そして、もれ

    なく付いてくるハートマークに、苦笑しながら返信する雪也。

    〉了解しました。

    自分の文を見て、素っ気ないな、と思う。本来なら『承知致しました』が

    正解なのだが、最初にソレを送ったら物凄く嫌がられてしまった。

    以来、『了解』という文字を使っている。

    それにしても、もっと気の効いた返信が出来れば良いと思うのだが、思い

    浮かばない自分に少し苛つきながら、“シメジと鮭の炊き込みご飯”を作る

    雪也だった。

    晩御飯の支度が終わった雪也は、バスルームへと向かった。お腹が空いて

    いない訳ではなかったが、先にお風呂を済ませておいた方が、相馬達が帰

    って来た時に、直ぐ対応できるからだ。

    お風呂から上がって、脱衣所で下着が無い事に気がついた雪也。

 「あ……」

    仕方がない、短い溜息をつく。腰にバスタオルを巻いて、着替えを持って

    バスルームを出た。向かいの自室まで跡一歩と少し手前、という所で玄関

    の扉が開き、相馬達が入ってきた。

 「雪ちゃん、ただいま~……って」

 「雪也君、ただいま………っ」

 「…………………………………………………………お帰りなさい」

 「「「………」」」

    雪也、相馬、涼介、互いに見つめ合ったまま固まる三人。が、次の瞬間、

 「雪ちゃあああああああああああああああああああああああああああ…」

    両手を広げ、嬉しそうな表情で雪也に抱きつこうとする相馬。

 「させるか!…雪也君」

    ソレを阻止すべく、相馬の足を引っ掛け雪也に指示する涼介。

 「ハイ!!!!!!!!!!」

    涼介の指示を受けて、自室へと避難する雪也。が、その直後。

 「雪ちゃん、開けてええぇえええええええええええええええええええええ」

    の声と共に、ドアノブをガチャガチャと回してる相馬に、恐怖心が煽られ

    る。なにせ自分はバスタオル一枚という、心許ない格好なのだから。

 「雪ちゃん、開けて。何もしない、何もしないからぁ」

 「う、嘘です!」

 「本当だって、開けて♡」

 「イヤです!」

 「そんな事言わずに、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから見せて♡」

 「何をですか⁉ ダメです」

 「じゃあ、先っちょだけ、先っちょだけでもイイから♡」

 「『イイ』の意味が分かりません!!先っちょだけでもアウトです」

 (……このやり取り二度目じゃないかな)

    冷静に分析する涼介。

    すると、雪也の部屋の中から、ガタッガタッ、ガタン!ズッズッズズ~。

    ゴトッ、ゴトン!という音が聞こえてきた。

 「……雪ちゃん? 何の音? 何してるの⁉」

 「バリケード作っているな。…そして俺達が飯にありつけるのは、早くて三

    時間後だな」

    涼介の予想通り、三人が御飯を食べたのは、夜中の十二時過ぎてからだっ

    た。