雪也と相馬そして涼介~8
荷物の運び入れや買い出しがひと通り終わり、一息つく雪也。
と、そこへ涼介が言った。
「もうこんな時間か。腹減ったな、飯にしようぜ」
「そうだな、食べに行くか。雪ちゃん、何が食べたい?」
「…えっと、簡単なモノで良ければ、俺作りますけど」
先程の買い出しの時に、調味料や食材を大量に購入したのだ。
しかも、何故か大きめの新しい炊飯器まで買うことになり、大小二つの
炊飯器が置いてある。これならあまり時間をかけず済むので、雪也は提案
したが、呆気なく却下された。
「雪ちゃんも疲れたでしょ⁉ 明日もまた片付けの続きがあるから、無理し
なくて良いよ」
「そうだよ、それにこれは、雪也君の引越し祝いも兼ねているんだから!と
言う事で、相馬、俺肉!肉食いたい!がっつりと!焼肉行こうぜ!焼肉!
勿論、お前の奢りで♡」
「…それは構わないが、『引越し祝い』なら、雪ちゃんの食べたいモノを優
先すべきだろう⁉ 涼介の食いたいモノなんかどうでもいい」
「ふむ、それもそうだな」
二人は雪也に顔向けて聞く。
「雪也君は何が良い⁉ 男の子ならやっぱ焼肉食べたいよね。焼肉♡」
「だから!それはお前だけだろ。雪ちゃん、こんな奴の言う事は気にしなく
ていいからね。好きなのリクエストして」
「……俺は別にこれといって食べたいモノがないので、お任せします」
「「遠慮しないで!!!!」」
別に遠慮した訳ではなく、相馬に部屋に連れ込まれそうになった雪也は、
まだ立ち直りきれず、正直なところ、食欲もあまり無かった。
それにしても、相馬が自分に対して随分気遣っているように見えた。
まあ、実際 “連れ込み未遂事件” の後、雪也は相馬と会話する時は、涼介の
後ろからだったり、背後から声を掛けられようものなら、一目散に逃げ出
し、七つの鍵付き部屋へ閉じ籠る。など、徹底して相馬を避けていたのだ
から無理も無い。
だからと言って、同情する気は1ミリも無い。自分だって怖い思いをさせ
られたのだから。
「雪ちゃん!」
相馬に声を掛けられ、我に返る雪也。
顔を上げると、すぐそばに相馬の顔があり驚いた雪也は、サッと身を翻し
て涼介の背後に隠れ、そこから顔だけ出して応える。
「あ、すみません。えっと、何ですか?」
「………雪ちゃん。…焼肉でいい⁉」
「はい。俺は構いません」
「自業自得だ。相馬」
雪也の行動に、少なからず傷ついた相馬に対して、どこまでも容赦無い
涼介だった。