雪也と相馬~2

     夕食後の応接間。藤堂と荘子、雪也の三人で、給食費について話し合う

    事になった。

    お金の出費に関しては、雪也の想像した通り“保護者の義務”を持ち出して

    きたが、ここで引き下がる訳にはいかないので、正直に話した。

   “義務”など感じて貰いたくない事と、“これ以上借りを作りたくない”という

    事、自分でも子供じみた意地だと思うけど、仕方がない。

    本当に、まだ子供なのだから。

    二人はまだ納得いかない様子だったが、意外にも、頭から否定して来る事

    はなかった。その時だ。

 「君の言い分は分かった」

    そう言いながら、男が一人、扉の向こうから姿を現した。

    三人の視線が、一斉にその男へと向かった。

    誰だろう? 初めて見る男を、雪也はまじまじと見つめた。

    歳は二十代後半くらいか、背が高く、おそらく180センチ以上あるだろう

    と思われる。切れ長の目、通った鼻筋、形の良い唇。

    薫の好きそうなイケメンだなぁ、とボンヤリ思っていた。

 「相馬!」

 「相馬さん!」

    藤堂と荘子が同時に名を呼ぶ。

    その名前を聞いて、雪也もあっ、と思い出す。この家の長男だ。

 「相馬…お前、支社の問題は片付いたのか?」

 「片付いたから、報告に来たんですよ。お父さん」

    藤堂の問いに、余裕の笑みを浮かべて答える。

    これに対して藤堂は、そうか、と短く言い、ソファの背に体を預けた。

 「あれ? これでも結構大変だったんですけど、労いの言葉もかけて貰えない

    んですかね⁉」

 「ん? 私の子なら、その位の事出来て当たり前だが、何だ褒めて貰いたい

    のか⁉」

    実の父子の会話なのに、しかも両者共笑顔なのに、二人の間には、火花が

    飛んでいる様に見える。

    暫くの間、笑顔の睨み合いが続いた後、おもむろに相馬が雪也へと顔を向

    けた。

 「雪也君、だね」

    藤堂に向けていた笑顔とは違う、優しい笑みで聞かれた。

 「あ、はい。…初めまして、葵  雪也です」

    戸惑いながら答えると、相馬は、

 「初めて…か」

    と、少し寂しそうな顔して呟いた。

    何故そんな表情をするのか、意味が分からない雪也は小首を傾げた。

    すると藤堂、荘子、相馬の三人は俯いたり、口に手を当てて雪也から顔を

    背けて、肩を震わせた。

    見ると、出入り口付近に立っていた とわ子さんでさえ、此方に背を向け、

    壁に手をつけて、肩を震わせている。

    その様子を見て困惑する雪也に、相馬は話しかけた。

 「ゴメンね。…君は独立心が旺盛だね」

 「別にそういう訳では……」

    そう、雪也は独立心が強い訳ではない。本音を言えば、母親の雪子ともっ

    と一緒にいたかった。早く大人になって、楽にしてやりたかったのに、

    何もしてあげられ無かった。無力な自分が腹ただしかった。それだけだ。

    俯いて自分の足元を見つめている雪也に、相馬は提案した。

 「じゃあ、僕のところで働いてみる?」