雪也と相馬

     金曜日の朝六時、雪也は家政婦の とわ子さんと共に、藤堂家のキッチンに

    立っていた。

    前に住んでいたアパートと違って、藤堂家から学校まで距離があり、自転

    車でも六時三十分くらいには家を出ないと、部活の朝練に間に合わない

    からだ。

    とわ子さんは、一人だけ朝食時間の違う雪也の為に、今迄より少し早く起

    きて、ごはんを作ってくれた。

    人数が増えただけでも大変なのに、その上食事時間まで違うとなると、

    かなり手間の掛かる事だろう。

    それなのに、嫌な顔をされる事も、文句を言われることもなく、雪也の

    世話を焼いてくれた。

    優しい とわ子さんに雪也もすぐ懐いて、せめて自分にできる範囲のことく

    らいは手伝わせてほしい、と頼み込むと、困惑しながらも受け入れてもら

    えた。

    二人でキッチンに立って作業していると、荘子は何か言いたそうな顔をし

    ていることが多々あったが、結局その事に触れてくる事は無かった。

    今朝も何時ものように、用意してくれた朝食を済ませ、手伝っていると、

    雪也の通学用のバッグを見た とわ子さんは、聞いてきた。

 「雪也くん、給食費はどうしているの?」

    突然の問いに、雪也はハッとして、洗い物していた手を止め、キッチンの

    椅子に置いてあるバッグを見た。

    茶色の給食費袋が、バッグのポケットから顔を出していた。

 「あ、えっと、母の口座からお金を降ろしてますけど」

 「えっ? でも、それじゃあ…」

 「雪也さん! 詳しく聞かせて貰えるかしら⁉」

    第三者の声に驚き、二人は声のした方に顔を向けると、荘子がキッチンの

    出入り口に立っていた。

    
 (今日、帰りたくないな…)

    雪也は教室の窓から外を眺めながら、はぁ、と溜息をつく。

    今朝は、部活の時間に間に合わないから、と理由をつけて早々に家から出

    てきたのである。

    藤堂家に帰ったら、給食費云々の話が出てくる事だろう。

    そして、お金を出すのは“保護者の義務だから”という理由で、押し付けて

    来るのも容易に想像できた。

 (それは確かに、そう、なんだけど…)

    正直、藤堂家には、これ以上借りを作りたくない。という思いが、雪也に

    はあった。

 「雪 … 大丈夫か⁉ なんなら今日、俺ん家に泊まれば」

    放課後、部活動が終わり部室の掃除をしていると、心配した月也が雪也に

    声を掛けてきた。

 「月也、サンキュ。でも俺は大丈夫だから」

    そう言って、安心させるように笑顔を作ってみせた。

 (そうだ、問題を先延ばししても解決しない。なら、結果がどうあれ、とっ

    とと終わらせた方がスッキリする)

    そう決心して、雪也は自転車に乗った。