藤堂家の雪也
藤堂の邸に移って約一ヶ月が過ぎた。
しかし、雪也にとって藤堂邸は、お世辞にも『居心地のいい場所』とは言
えなかった。
それもそのはず、藤堂の妻と娘から見て、雪也は『愛人の子』だ。
つまり、厄介者でしかない。
非難や罵声を浴びせられることはなかったが、事あるごとに、藤堂の家の
者に相応しい所作を求められ、息が詰まりそうだった。
まず、最初の壁にぶち当たったのは、本格的な洋食のテーブルマナーだ。
普通、一般家庭でナイフやフォーク、スプーンといったカトラリーが、
テーブルの上にずらりと並ぶことはない。
初めて見る光景に、席に着いた雪也は、思わず?マークを頭の上に浮かべ
ながら、小首を傾げた。
その様子を見ていた女性二人は、口に手を当て俯きながら、肩が小刻みに
震えていた。
嗤われている。そう感じた雪也は、居たたまれなかった。
他にも、学校は公立か私立か、通学手段等でも、家名に恥じない行動を
求められた。
学校は、あと一年で卒業という事で、転校せずに済んだ。
ただ、通学に関しては、歩きでは通えない距離なので、自転車通学を希望
する雪也と、車での送迎を主張する荘子で意見が分かれた。
結果、雪也の希望が通ったが、荘子は不満そうだった。
そうした諸事情で、息苦しさを抱えていた雪也は、長かった春休みが
終わり、明日からまた学校が始まるのを心待ちしていた。