母との別れ

      自分を慈しんでくれた、最愛の母が逝ってしまった。  

     雪也14歳、2月もあと5日を残すのみとなった日の事だった。

     1年のうちで、最も寒い月にも関わらず、その日はもう春を思わせる

     ような暖かさだ。

     まるで、雪也がこれ以上辛い思いをしないようにと、母自身が選んだかの

     ように。  

     病院から学校に、母の危篤の知らせを受けた雪也は、すぐさま母の病室  

     へと駆けつけた。

     肩で息をしながら、母のベッドに近づき、声をかけようと顔を覗き込む。

     すると、閉じていた瞼がゆっくりと開き、雪也と目が合う。弱々しく

     微笑み、何かを呟くと、そのまま息を引き取った。

     母子家庭の雪也は、天涯孤独の身となってしまった。

     しかし、悲しんでいる暇は無かった。

     人一人亡くなると、面倒な手続きや手配等がある事を知った。

     とはいえ、その殆どはまだ子供の雪也を心配して、周囲の大人達が色々と

     世話してくれた。

     そのおかげで、母の葬式まで滞りなく終わった。

     だが、雪也はまだ一度も涙を流すことは無かった。

     その夜、母の位牌のある部屋で、一人で位牌を眺めていると、不意に呼び

     鈴が鳴った。

     近所の人だろうと、ハイ、と返事して玄関のドアを開けると、そこには、

     一目で地位の高い人間と分かる、五十代後半と思われる喪服姿の男と、

     その後ろには、暗めのスーツ姿の若い男二人が立っていた。

   「あの、どちら様でしょうか」

     母の会社の人ではない。そう感じた雪也は、少し警戒して聞いた。

   「夜分遅くに申し訳ない、私は藤堂慶司といいます。御焼香させて頂きに

     参りました」

     丁寧な言い方だが、何故だろう、何か引っかかる。が、断る理由もない。

  「どうぞ」

     雪也は体をずらして、藤堂を招き入れ、位牌のある部屋に案内した。

     位牌に手を合わせている藤堂を、部屋の出入り口に寄りかかり、眺め

     ながら、2DKのアパートには、つくづく似合わない人だなと思った。

     藤堂は、手を合わせ終わると立ち上がり、雪也へと身体を向けた。

     雪也も身体を起こし、ありがとうございます、と頭を下げた。

     そのまま帰るだろう、という雪也の予測に反して、藤堂は留まった。

     少しの間、雪也をじっと見つめて口を開いた。

  「雪也君、いや、雪也。君は私の子だ」